片道書簡のラブレター

大切な人を思い浮かべながら手紙を書きます。

既視感とノスタルジア

知らない町をあるいて、なんだか懐かしく、もしかしてここに来たことがあったかも、

と思うことがある。

初めて行く外国であっても、この場所はわたしの記憶のなかにある、と思えるような。

 

スヌーピーが有名になった、ピーナッツという漫画を子供の頃よく読んだ。

お弁当はランチボックスにピーナツバターのサンドイッチ、リンゴ丸ごと、

そしてクッキーという、日本でのお弁当の発想とまるでかけ離れたアメリカ文化。

それってどんなものなの?好奇心と共に不思議な世界感を知った。

 

メアリーポピンズやら、くまのパディントンやら、大草原の小さなおうちやら、

日本で暮らす子供にはとっても遠い生活や文化の世界を本の中で知る。

行ったことのない外国、その国ではごく普通の日常なのだろうと想像してみる。

 

街の中の薄汚れた住宅や壁の絵をかくフランスのユトリロという画家がいる。

ゴミゴミした感じのパリらしさは、そこに表現されているのかもしれないが、

パリでなくても古さの残った都市の哀愁というのはとても似ている。

 

そういったイメージの集積やドラマなどの映像や、本や、絵画などの

断片で、リアリティのある記憶が作られ、それが定着し、

自分の中に郷愁のようなイメージを作りあげてしまったのかもしれない。

 

これから旅をしてゆく中で、合成された私のイメージの記憶に出会うことを

楽しみにしている。

いつの日か行くだろうあの世も、私の合成されたイメージどうりに違いない。

あなたとの再会をイメージしている。

春の野原で蓮華を積みながら、いつまでもおしゃべりしている私たち。

あの野原は新宿御苑かしら? ピウプより。