施設に入った98歳の伯母を訪ねた。伯母はいつも笑顔で迎えてくれる。月に1度ぐらいは顔を出すようにしているが、会う度に少しづつ衰えていくのを感じる。何かが急にできなくなるというよりは、生きることに対する関心が薄れていくような衰え方だ。亡き母の時も一日一日微かに、少しづつ着実に小さな灯が消えていくのを感じていた。
横になる時間が増えて、活動も少なくなって、電池が消耗してしまったスマホのように、充電時間が増えていく。悲しい気持ちもしてしまうが、伯母に元気を求めるのも酷な事だと思いなおす。何か元気づけになる事がないだろうか、とついつい考えてしまうのは自分のエゴなのかもしれない。持って行った佃煮に少し関心を持ったようで味見したい、というので一つかみ手のひらに乗せてあげた。そんなほんの少しの意欲だけでも私には嬉しく感じた。もう横になりたいというので私もしばらくしたらお暇することを告げた。
ほんの少しの間でも傍に誰かが存在する事だけで彼女は十分満足なのだろうと思う。






