片道書簡のラブレター

大切な人を思い浮かべながら手紙を書きます。

ミールスが食べたい

最近ミールスという南インドカレー定食が定期的に食べたくなってしまう。電車に乗って出かける用事がある際はその沿線上に美味しい南インド料理店がないかどうか調べておき、ランチで南インドカレーレストランを開拓している。金曜日は田園都市線で二子玉川方面に出ることが多いのでお昼は沿線上のレストランを探している。今日は用賀という世田谷区内の駅にあるSOLAH SPIGES TOKYOというレストランで食べることにした。

南インドカレーの何が良いかというと、色々な味を一つのお盆に乗せて少しづつ混ぜ混ぜして食べるので一口一口の味付けが様々な味付けに変える事が出来るのだ。韓国のビビンバのような混ぜご飯とちがうのは、辛さだけではない多種多様な香り高いスパイスの多さとそのコンビネーションの多彩さ、鼻腔を抜けるスパイスの華やかな味わいが一番の料理の魅力だ。

今日はドサという発酵したお豆ペーストで作ったカリカリのクレープとお魚カレーと野菜カレー。ヨーグルトとミントで作ってあるチャッツネという脇役が清々しかった。

 

人生の不確定性

日経新聞の今月の連載「私の履歴書」は村木厚子さんで元厚生労働次官だった方。毎日興味深く楽しみに読んでいる。国家公務員という立場で名前が有名になる方は政治家や起業家などに転身したり、もしくは犯罪者になるぐらいだろう。彼女の履歴書は検察の捏造による冤罪で逮捕されることから始まる。。身に覚えのない罪を着せられ、いきなり手錠をかけられ腰縄をはめられて犯罪者扱いされたら誰もが自分自身が自分を見失ってしまいそうになるだろう。そんな中でも彼女は冷静であった。まるで自分を他人事のように観察している。毎日先の見えない勾留所で厳しく制限された生活を詳細に記録し、縁など持ちたくない世界に対して好奇心を持って臨むことができたという。非常時に自分を保ち続けるためには冷静に自分と状況を観察し続けることが必要なのだ。

「私の履歴書」は主に有名大企業の最高責任者が多く掲載されるが、連載が終わった後に犯罪的スキャンダルがあったりする方もいて、あれだけの偉業を誇っていたのに経営手腕は時の運だったのか詐欺師だったのか、立派な人のあまりの変容と落差にガッカリすることもある。人生というのは何が起きるのかわからない。

何も予定の無い日

今日は何も予定を入れていない日だ。そんな日は時間をあくせく意識することもなく、気の向くままにゆとりを持って過ごすことが出来る。

朝風呂に入りながら語学アプリのデュオリンゴで1時間半韓国語のレッスンをする。温湯の半身浴は貧乏性の私にとって贅沢に感じられる。お風呂にほうじ茶を持ち込んで水分補給を怠らないように万善を図る。お風呂から出て朝ご飯をのんびりと作る。冷蔵庫にいつもある卵、梅干し、海苔を出してご飯を温める。ご飯を食べながら日経新聞を読む。今必ず毎日読んでいるところは私の履歴書とタイム・アフター・タイムという新聞小説。一面の今日の注目記事まとめは読み始めにチェックしておくと少しばかり世の中の流れ方を感じ取れるように思う。食べ終えた食器を洗って掃除機がけをするともう11時頃になっている。

予定が入っていたほうがテキパキと時間を刻むことができるが、たまには時間を刻まずにのんびり優雅に過ごすのは副交感神経を高める事が出来そうだ。

忘却してしまったものを整頓する日

家の中は片付いているように見えていたがいたが、いつの間にかゴチャゴチャと乱れてくる。どうしてなのか考えてみたが、決断保留状態のままに、資料やモノを空いているスペースや隙間に仮置きしたまま忘却してしまうからだろう。今日は半日掛けて3箇所ぐらい整理することに決めた。

書類が捨てきれずにクリアファイルに挟んである。どんな理由で書類を取っておいたのかさえ忘れている。これは思い切って捨てまくるしかあるまい。映画や芝居のチラシ、何かの割引券、気になった新聞記事の切り抜き、時間がある時に読もうと思っていた広告、その時は保留にしてあとで役立つと思っていたものはほどんど、どうでも良いものばかりなのだ。ゴッソリ捨てるとスーッとしてどうやら心にもスペースができた。

それでも捨てるわけに行かない生涯必要な書類と資料は多い。確定申告の資料、日本人として存在するだけでも書類のファイリングはおろそかにできない。処分する日付を記入しておいて管理しておこう。

 

年をとっても進化していく

やりたいことが多すぎて一日の時間がすぐ終ってしまう。少しやりたいことを減量しなければ虻蜂取らずになってしまうかもしれないと思い、時間分配と内容のリストラをすることにした。惰性でなんとなく続けていることと、進化を目指して続けていることを分別する。毎日の仕事の中でも無意味に無駄に動いているだけの事もある。一つの家事をするのも効率よく回せるように何か改善する点はないかやり方を変えてみるようにしている。いつも同じ事の繰り返しは退屈だし、小さな新発見を探さないと進化出来ないと思っている。

ボイストレーニングのレッスンを止めることにした。内容は良いものなのだが、私が面白く感じられなくなってきたから。辞めるのが面倒で続ける惰性は一番無駄なコストだ。面白さとは自発的で能動的に探求したくなるエネルギーが湧いてくること。受け身ではなく自分から動機がうまれてくるような。なんか違うなあ、という直感は年をとってから冴えてきた。

渋谷の変貌と南インド料理

今日は南インドカレーがどうしても食べたくて、ヨガレッスンの帰りに渋谷のアーンドラ・ダイニングというレストランに行くことに決めていた。

いつもは渋谷駅は通過点で渋谷で用事もなければ、ショッピングでブラブラすることもない。大昔子供の頃のデパート全盛時代には東急百貨店、西武百貨店など母に連れて行ってもらうのが一大イベントだったが、大人になってからは混雑している場所は出来るかぎり通り過ぎる。

件のレストランは宇田川町エリアで雑居ビルが立ち並んでいる。古い記憶の見覚えのあるような特徴は微塵もない。渋谷街の変貌ぶりは昔からずっと続いている。ようやく雑居ビルの中にレストランを見つける。最近は南インドカレージャンルのレストランも増えてきて見つけやすくなったのが嬉しい。ビリヤニ・ミールスとヨガの先生おすすめのソルティ・スパイスラッシーを注文する。一口一口に鼻を抜ける様々なスパイスを味わいたくて南インドレストランに行く。私の直感だがスパイスカレーは花粉症に効くのではないだろうか。

東京都立深大植物公園

調布の深大寺だるま市の帰り、折角なので深大植物園で散歩することにした。入場料は500円。前回ここに来たのはもういつ来たのか忘れるぐらいの大昔の薄っすらとした記憶で、久しぶりと言えど記憶がなければ初めて来たようなものだ。

明日は啓蟄なのでもう春への移行が本格的になってきた。梅も満開を過ぎて残りの蕾を終わらせている。ロウバイが咲いて梅が咲くと桜はもうすぐそこだ。お花の順番リレーが矢継ぎ早に咲いていく。ここは少し冷たい空気と太陽に暖められた空気がまだらに混ざり合った春の匂いがする。今年の冬も短かった。そんな事を考えながら広々とした植物園を散策する。だるま市のおしくらまんじゅう状態から一転、ひとけのない植物園を歩くと心も広々として胸がすく思いだ。

しばらくすると温室を見つけた。室内の天井は高く巨大なサンルームになっている。熱帯植物の色は濃く鮮やかで、派手な毒々しさを持っているのが魅力だ。ヒスイカズラという花が見頃ということで翡翠色の主張の激しいお花を観ることができた。