片道書簡のラブレター

大切な人を思い浮かべながら手紙を書きます。

とげぬき地蔵にて

今年に入って酵素風呂にはまって何回行っただろうか?今日は初めて糠100%の酵素風呂に入る。しっとりと重くじわっとパンチの利いた熱に全身包まれる。いつものヒノキおがくずのブレンドはふわっと軽く優しいじんわりとした熱の利き方。これは好みなのだろうけれど盛ってくれる店員さんは糠のほうが重くかき混ぜるのが大変らしい。全身糠漬けになった。糠の発酵により皮膚がいつもよりおいしそうにツルツルのすべすべになった。上がったら少し汗が収まるまでお茶を飲みながら一息つく。外に出るとすれ違う風が心地良い。上機嫌に磨きがかかる。

いつも気になっていたとげぬき地蔵前の七味唐辛子屋台に寄る。気のいいオジサンが好みのブレンドをパパっと作って袋に詰めてくれる。携帯用に小さな入れ物も買う。七味唐辛子はスーパーでも売っているけれど、専門店の風味には負ける。新鮮な乾燥ハーブみたいなもんだ。麻の実、けしの実の香ばしさ、ゴマや海苔の香り、陳皮のフルーティさは市販のものとは段違い。今日の晩御飯は暖かいそばにでもしようか?七味唐辛子を味わうために。

薬味は大人のささやかな楽しみ。有ると無いとでは大違い。茗荷、生姜、三つ葉、しその葉、食べる量こそ少ないけれどあると嬉しい新鮮ハーブ。七味唐辛子は常備できていて江戸時代には薬のように食べられていたとか?ピウプより。

話の長い人

11月もあと数日。12月に入れば一機に年末を迎えるのだろう。

話の長~い人がいる。時間がタップリあるのならじっくりと聞いていられるのだが、要件を聞きたくて話しかけたものの、ものすごく詳細な始まりから寄り道を何度もして挙句の果て確認したかったことを聞けずに時間切れになったりすることない?そんな人はだいたい決まっていて、急ぐ時は一点について聞かせてもらえるよう予め仕向けなければならない。

話の長い人のパターン1:とにかく私が知らない人もしくは知らなくてもよい登場人物の事情から始まって、その人の人柄お勤め先などなどどうでもよいことが続きその人のお陰で今日は遅刻してしまった、チャンチャンと、無駄な前置きやらもったいぶりがやたら長い割にオチが無い。

話が長い人のパターン2:要するに、を連発するわりに要されておらず、同じことを無限ループのように繰り返し話す。またそっから始まるんかい!っていうタイプ。どっかで終止符を打たないと、壊れたレコードプレイヤー状態(昭和の表現)になる。

話が長い人のパターン2:判断ができず決められず、あれもいいけど、これもいいし、そうそう、こんなのもよさそう。。選択肢を自作で増やしていき絞ることができないことを延々と話す。結局決められずじまいのエンデイング。

こんな方たちは自分の話っぷりをじっくり聞いてくれる思いやりのある人や、お人よしな人を大切にしないとね。電話などでこのようなタイプの人と話すときは話題の方向転換を発動しなければ振り回されてしまうので要注意警報。

人とのお付き合いって大人になるとお芝居が大切なことも多い。人の心は移ろいやすいしね。ピウプより。

 

頑張ること

この7年間旅行に行く気がしなかった。仕事の事や介護の事が最優先で頭がいっぱいだったので自分のやりたい事など考える余裕もなければ欲も湧いてこなかった。

今ようやく誰かにイベントに誘われてもノリの良さを出せる余裕がでてきた。いろんな欲が出てきた。これは良い傾向だろう。飲み会?行くよ行きますよ。温泉行きたいって?行きますよ~。本当に自分を大切にできる時間ができてきたのはありがたく今好きなことを好きな時に好きなようにやっている。もう何も縛られることはない。というか今まではねばならない思考にがんじがらめに、自縛していた。

ヨガの先生にも言われることがある。頑張り屋さんは息を止めちゃうよ、息を吸って息を吐ききって、恐怖にしがみつかないこと。そういえば歯医者にもいわれたな。なんか我慢してませんか?奥歯がすり減ってますよ、とね。私って頑張りすぎちゃったのかしら?現代人はそんなもんなんじゃないかとも思うけど、バランスをとって中庸を目指すよう頑張る?頑張るって言葉は使いたくない言葉。

若いころ不良やってた人って年をとって懐の深さを感じる。若いころならしょうがないけど年取ってからの不良は病だろうね。ピウプより。

ヨガのレッスンノート3

今日は夕方のレッスンでねじりのポーズを徹底的に行った。ねじりも色々。マットで胡坐座で右にねじる、左にねじる。次は足を組み替えて右左にねじる。次は足を開いて右にねじる左もねじる。次は椅子に座って右にねじる、左にねじる。その次は立って足を前後に開き前に体を曲げて右にねじる、左にねじる。次は腰を曲げて。。。とあらゆるポーズでねじりまくった。こんなに体をねじってねじってねじりまくったことはなく、おなかがぎゅるぎゅる鳴ってきた。大丈夫だろうか?おなかの前面は腸が刺激され、後面は腎臓、肝臓、すい臓が刺激されるらしい。今日はお腹の中がよくほぐれて柔らかホルモン肉になって来た。

足の接着面のことも意識するように言われる。足が4輪駆動であれと言われる。足が4輪駆動?イメージが大切だ。膝の裏をグーンと伸ばすことを繰り返し言われる。シャープな足であれと言われる。もっともっと訓練鍛錬を重ねたらきっと、どんな悪路も進める4WDになれることを夢見て。

昭和の教育、気を付け!前に倣え!休め!の洗脳で、それが真っすぐの姿勢だと体が覚えてしまった。今更だけれどまずは本来の自分の真っすぐな位置に立つという意識の改善につとめている。ピウプより。

秋の焼き魚

これは冬眠の本能からくる食欲なのだろうか?やたら食べるもに執着してしまうこの秋。魚がおいしいお店がある。と言っても小さな定食やさんで、一人ふらっと入って晩酌なんぞをする人もいたりして、使い勝手の良いおみせだ。焼き魚は家のグリルで焼くのに限界がある。どうしても中がしっとり外はこんがり、皮がパリッと焼けない。家で焼く魚は中がパサパサっとして皮はぐちゃぐちゃになってしまう。上手にできる人もいるだろうけれど特に尾頭付きの青魚、サンマとかアジとかは生から焼く人はいるだろうか?家庭ではせいぜい切り身の塩じゃけとか干物の焼き魚だろう。昔、酒飲みの父のためにいつも干物がスタンバイされていた。塩じゃけのことをしおっぴきと言っていたっけ。

だから焼き魚はこのお店で食べるのが美味しくて楽。旬のおさかなのラインアップもあるし、お刺身の盛り合わせ、煮魚もある。私が好きな焼き魚は鰯。これはほんとに生から焼くのが難しい魚だと思う。身がとてもやわらかいので。

今日は赤魚の粕漬を頂いた。粕漬にすると味が濃~くなって濃厚な焼き魚が味わえるから。ピウプより。

友達作り

今日は新しいお友達ができた。いつもクラスで会うニコニコして挨拶を交わす人だったけれどクラスが一緒になるチャンスが度々重なり、今日はクラスの帰りにおしゃべりしようとカフェに寄る約束をしていた。大人になると友達を作るといってもお互い忙しかったり家族の世話だったりでなかなか個人同士でゆるりと友達になるのが難しい。共通項がどこなのかということも会話には大切であるし。それでも興味を持ち合うこと、相手を知りたいという、知らない世界を教えてほしいという好奇心さえあれば楽しく会話が弾む。

私ぐらいの年齢は丁度家族の面倒も一段落するか、仕事もそろそろスローダウンしてもよい頃なので、人生の力みもそろそろ手放したってよい頃合いでしょう。子供の頃は引っ込み思案で友達作りの下手な子だったけれど、年をくった今は開き直った図々しさで友達作りも展開できるようになってきた。素直な子供のような心で人と会うこと話すことはいろんな窓が開ける。この何気ないことが貴重で価値のある喜びであることを感じている。

初対面の人と話を深めてみたい。まったくその通りキャッチボールのようにラフで気楽な感じで。あなたともまたそんな感じで話したいな。。ピウプより。

自炊が好きになりますように

ホットクックという調理家電で早速色々試してみた。胸肉を買ってきてサラダチキンを低温調理で作る。あとはひじきの煮物。玄米と麹で甘酒を作る。なんだか地味目の3品になったけれどちょっとした常備食を作って置きたかった。どれも間違いのない味に仕上がった。甘酒は好物なのでよく買っているけれど、玄米の甘酒は売っていなかったので作ってみたかった。素材を切って鍋にいれてメニューを選んで押すだけ。あとは混ぜたり火加減みたりは全自動なので正にほっとくだけ。しばらくこの家電に付きっ切りで色々遊びながら楽しく料理を作れそうだ。明日はスープを作ってみよう。これから寒くなっていくのでスープや煮込み料理が楽しみだし、何より無水でできるのでおいしく出来そうだ。

今までホームベーカリーやらジューサーやら買って一時的に凝りまくるのだけれど結局飽きがきて埃をかむっているか、置きっぱなしだったり。ジューサーなどは使用後の洗浄が面倒くさくてお蔵入り。ホームベーカリーも1年ぐらい使っていない。はたして今回の電化調理器具は長く活躍できますように。

ドラえもんのポケット

外食は誰かと会うための場所という理由のほうが大きい。皆と同じものを食べながらおしゃべりできるのは本当に幸せな時間だ。ピウプより。