片道書簡のラブレター

大切な人を思い浮かべながら手紙を書きます。

奥ゆかしく美しい日本語を使う人

韓国に初めて旅行したのは20年前。韓ドラブームも丁度起きる前あたりだった。なんの予備知識もなく、計画も立てず、地球の歩き方だけを持ってその日その日行き当たりバッタリで。初めて行く国というのは見るもの見るものドキドキするほど新鮮だ。

韓国の人達や街のようす、地下鉄やバスそんな風景が、日本に似ていているような全然違うような不思議な概視感だった。看板は似ている建付けだけれど文字は模様のような読めないカタカナのような文字。飲食店で使う食器は歯医者さんで使うコップで水が出てきたり、洗面ボウルのようなものに冷麺が入っている。今でこそドラマや映画で食べ物の食べ方やマナーについて学んで馴染んで当たり前になっているが、あの時は不思議だらけで楽しかった。

ある朝、朝ごはんにお粥を食べようと一緒にいた夫と地図を見ながらあっちこっちウロウロしているとお爺さんが話しかけてきた。とても丁寧な日本語で。お粥屋さんに行きたいことを話すと、近くの不動産屋さんに尋ねてくれた。これは太陽という建物にあります。おひさまですよ。とやさしく道順を教えてくれた。このご年齢であれば日本語と日本名を強制された方であろう。それでも日本語をしゃべることを懐かしく感じてもらえる方であったのだろうか。感慨深くアワビのお粥を食べる事が出来たあの日。

あのご老人の日本語は小津安二郎監督の映画に出てくるような脚本のセリフのように奥ゆかしく美しく完璧であった。時の止まったままのような言葉がビビッドに私の心に刺さった。ピウプより。