片道書簡のラブレター

大切な人を思い浮かべながら手紙を書きます。

誰かに送る日記

手紙という言葉はメールという言葉より使われなくなっているのではないだろうか?久しぶりに手紙を頂いた。切手を貼った封筒とお揃いのデザインの便箋にしたためられた手書きのお手紙。前回誰かから手紙をもらったのはいつだったろうか?この20年ぐらいはビジネスも私信もメールで済ませてしまっている。

手紙は宛てた人とだけ分かり合えるとても気持ちにピッタリとフィットした文章でオーダーメイドの服のようだ。もしかしたらその手紙は他者にはわからない暗号のような、もしかしたら少数民族の言葉のように、私とあなたの唯一共有してきた体験と実感で語ることのできる繋がり。その人だけに通じる言葉、二人の間で自然に作られた言葉、私たちは少数お手紙民族として生きてきた。

有名なお手紙で思い出すのは野口英雄のお母さまが書いた手紙。彼のお母さまは字を習うこともなく彼に手紙を送るため大分お年を召されてから字を習い、書いた手紙。彼に会いたい一心の気持ちを書いた単純でストレートな手紙なのだけれど伝わってくる手紙。

誰でも感性を共有できる誰かがどこかに居る。体験を共有すること共有しようとすることで助けたり助けられたりしながら励ましあいながら。オーソドックスでありながら見えないもので感動させてくれるお手紙。

伝説の漫画家 トキワ荘

あなたに手紙が書きたくてメールではなくて、キチンと切手を貼って筆記用具をつかって字を書きたい。そうしたら伝わるものがもっとあるのではないかと思って。ピウプより。